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西遷シンデレラ

●2004年11月のトップページ写真----『西遷シンデレラ』
100系新幹線は、誕生から20年が経過し陳腐化が進んだ0系の置き換え用として誕生しました。狭窓の先行量産車(X0編成、のちにX1編成に改番)が昭和60年に、広窓の量産車(G編成、のちにX編成に改番)は昭和61年に登場しました。前者を狭窓にしたのは、関ケ原付近で付着した雪が融けて落下しバラストを跳ね上げた際、窓ガラスを傷つけやすいことから、その被害を少しでも軽減するために採られた措置でした。しかしながら、乗客から景色が見えにくいという意見が多く寄せられたため、多少のコスト増を覚悟で量産車には広窓を採用したのでした。

100系の特徴といえば、何といっても編成中央に2両連結されている2階建(ダブルデッカー)車両です。X編成に連結されていた2階建車両は、階下にグリーン個室、階上にグリーン開放室を設置した149形と階下が調理室、階上が食堂車となっている168形で構成されていました。その後に増備されたG編成(前述のG編成とは別のもの)では、好調な日本経済に支えられ伸び続ける乗客数をさばくため、168形の代わりにグリーン開放室とカフェテリアからなる148形が連結されました。

一方、山陽区間での航空機との激しい競争を予想していたJR西日本は、2階建車両を4両連結した「グランドひかり」ことV編成を投入(4両中1両は食堂車)。同編成はその豪華な設備から東海道山陽新幹線のフラッグシップ的な存在となりました。

しかし、「のぞみ」による最高速度270km/h運転の開始でその運命が大きく変わることになります。270km/h運転が可能なのは最初の時こそ300系に限られていましたが、300km/h運転もできる500系の登場や、経済性に優れる700系の大量投入により東海道新幹線では270km/h運転が可能な列車の方が多数派になっていきます。

それにつれて100系は活躍の場を「ひかり」から「こだま」に移していました。経年からいえばまだまだ現役で活躍できるはずの100系でしたが、思わぬ落とし穴がそこにはありました。東海道新幹線のような過密ダイヤでは、「のぞみ」や「ひかり」が高速で運行している中で、100系だけが220km/hという遅い速度で走っているとほかの列車の足をひっぱり効率性が阻害されてしまいます。

さらに「こだま」は各駅停車なので、頻繁な加速減速が繰り返されますが、300系以降の新幹線車両と比べて100系は加減速性能が悪いため、余計に問題となったわけです。さらなる高速化を目指すJR東海にとっては、100系を存続させるわけにはいかなかったのです。

そして遂には後輩に道を譲り、100系は東海道新幹線からは引退することになりました。しかしながら、東海道新幹線に比べ、まだ線路容量に余裕のある山陽新幹線では、先輩の0系とともに100系は活躍し続けています。ただし、地域性に合わせて短編成化が施されたことで、2階建車両は全廃されています。

今回は山陽新幹線で活躍する100系をイメージしました。

※写真にあるフレッシュグリーン帯の0系は改造講座で制作したモデルです。商品化はされていませんのでご注意ください。

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