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列車ものがたり
平安

●列車ものがたり----『平安』
東海道本線、東海道新幹線や名神高速道路が関ケ原を経由しているので、五街道の一つである「東海道」も関ケ原経由だと思っている人はいないだろうか?さにあらず、江戸から京に行く場合、宮(現在の名古屋市街地)の次は桑名で、そこから四日市、草津、大津を経由して京に至るのである。そう、お気づきのとおり、草津線経由がかつての「東海道」に近いのである。とはいえ、中京〜関西地域の公共交通機関を利用した移動手段といえば、現在では「新幹線」と「名神ハイウエイバス」が大きなシェアを握っており、その次にくるのも奈良経由の「近鉄特急」である。
しかしながら、高速道路や新幹線が発達する以前は現在ほどの偏りは見られなかった。すなわち、国鉄の在来線では東海道本線経由の「比叡」、関西本線経由の「かすが」(名古屋〜奈良・湊町)、そして草津線経由の「平安」がそろって活躍していたのである。

「平安」は関西本線・草津線・東海道本線を経由して名古屋・桑名〜京都を2往復結んでいた列車で、もとは準急であったが、昭和41年に急行に格上げされている。「平安」自体の編成は、その歴史を通して2〜3編成と短いものであったが、「かすが」「はまゆう」(名古屋〜白浜、後に「しらはま」に改称)等といった関西本線や紀勢本線で運行区間が重複する列車たちと併結する形をとっていたため、区間によっては10両前後の堂々たる編成で運行されていた※。とはいえ、「平安」の存在自体は地味で利用者も伸びなかったため、急行化された直後には2往復あったうち、桑名〜京都間の1往復は廃止されてしまった。このまま衰退してしまうかと思いきや、この後15年近くも存続し続ける。このことは、ある程度の需要が根強く残っていたことを示しているといえよう。

昭和60年には「平安」の名は廃止され、「志摩」へと統合。運転区間を京都−伊勢市に改め再出発したが、「近鉄特急」の攻勢の前にはかすむ形となり、翌年には残念ながら消えてしまった。
その後、草津線を経由する定期の優等列車は設定されていないが、JRの在来線高速化等により、草津線沿線も人口が増加、通勤路線として脚光を浴びている。さらに、草津線に接続する新幹線の「びわこ栗東駅(仮称)」の開設も予定されており、沿線の街は「平安」が運行されていた時代から大きくその容貌を変えようとしている。

※列車ものがたり「まつかぜ」の回を参照。
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