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成田空港“アクセス”ストーリー

●列車ものがたり----『成田空港“アクセス”ストーリー』
昭和53年に開港した新東京国際空港(現:成田国際空港)こと成田空港は、長い間アクセスに恵まれない空港として不興をかっていた。最初からわざわざ不便な空港を計画したわけではなく、当初、東京−成田空港間には成田新幹線を走らせる予定だったのである。

しかしながら、折りしも公害が大問題となっていた時期にあたり、騒音・振動公害の懸念が寄せられていたうえ、距離の短い成田新幹線は東京と成田空港の間はほぼ素通りする計画となっており地元の利便性が向上するわけではなかった。受益よりも負担が大きくなる地元住民から猛烈な反発を受けることになるのは当然のことであった。こうして、成田空港付近の駅と路盤、東京の地下駅だけが完成したところで計画は凍結されてしまい、幻の新幹線計画となった。

もう1つの鉄道アクセスルートである京成電鉄は「空港職員と空港見学者のための交通手段」として規定されていたため、現在の東成田(旧:成田空港)までしか乗り入れせず、不便な状況は変わらなかった。また、空港リムジンバスも首都高の慢性的な渋滞に悩まされていた。空港アクセスの抜本的改善が長らく望まれていたのである。

そこで、放置されていた成田新幹線の遺構ともいえる成田空港近辺の路盤と成田空港地下の駅を転用し、JR成田線、京成本線との間にそれぞれ接続施設が建設された。この空港連絡線は、平成3年に開業、JRの成田エクスプレス(N'EX)と京成のスカイライナーが仲良く乗り入れることとなった。ちなみに成田新幹線用の東京駅は、現在京葉線ホームとして活用されている。

平成4年には空港の第2ターミナル開業に伴い、成田‐成田空港間に空港第2ビルが設置された。この駅は非常にユニークで、2面2線をJRと京成が1線ずつ使用し、上下線ともに同じホームに発着するのである。もともとこの線は成田新幹線の複線区間として建設されていたため、JRと京成がそれぞれ上下2線、計4線を確保するたけのスペースがなかったのがその原因である。

これら2つの空港直結駅の開業により、鉄道の持つ特性である定時性や大量輸送能力が発揮され、成田空港へのアクセスは以前に比べれば劇的に改善されることとなった。とはいえ、海外の空港に比べるとJRと京成、いずれのルートでもまだかなりの時間を要するのも事実。そこで現在、北総鉄道の印旛日本医大−成田空港(土屋)間に新線の整備が進められている。計画では2010年に開業、都心から空港までを30分ほどで結ぶ予定とのこと。

空港アクセスルートの整備が後手に回った反省を活かし、関西国際空港では当初から空港至近に乗り入れる鉄道路線が建設され、まもなく開業する中部国際空港にもその教訓は活かされている。

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