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列車ものがたり
ひばり

●列車ものがたり----『ひばり』
東北新幹線開業前の上野口は「特急銀座」と呼ばれ、東北本線、常磐線、上越線、信越本線の特急がひっきりなしに発着していた。当時の年少の鉄道ファンは次から次へと発着する特急列車のトレインマークの撮影に血道を上げていたものである。東北本線経由の特急だけでも北海道連絡の使命を持つ青森行「はつかり」、盛岡行の「やまびこ」、奥羽本線に乗り入れ秋田まで足を伸ばす「つばさ」、同じく奥羽本線を経由し山形へ行く「やまばと」、そして会津若松へ乗り入れる「あいづ」と多士済々のラインナップを誇った。その中で最も本数が多かったL特急※1が東北地方最大の都市、“杜の都”仙台と上野を結ぶ「ひばり」であった。最大勢力時の運行本数はなんと15本。しかも毎時00分発の名誉が与えられ、文字通り東北本線の女王として君臨した。

「ひばり」の歴史は、昭和36年に気動車の不定期列車として設定されたことに始まる。上野から仙台までの電化は、「ひばり」が設定された昭和36年に完了していたが、当初はキハ82系の予備車をかき集めて組成されたいわゆる「架線化DC※2」で、地味な印象が拭えなかった。しかしながら、昭和40年には50Hz用の483系交直両用電車に置き換えられ、「架線化DC」状態を解消。その後、運行本数も増やし、東京駅始発着※3の列車も設定されるなど順調に発展していった。なお、車両はその間に485系に置き換えられている。

また、一時期は583系も運用に就いていたという。「ひばり」の編成で特筆すべきは食堂車である。当時の長距離特急には原則的に食堂車が連結されることになっていたが、「ひばり」の場合、最大の15往復を擁していた時代を含め、最初から最後まで全編成に食堂車を連結していたのである。むろん583系を含めてである。

しかしながら、それだけ厚遇されていた名門列車にも新幹線の開業が大きな影響を与えることになる。昭和56年6月、東北新幹線が大宮暫定開業を迎えた。暫定開業時は新幹線の運行本数が少なく、「はつかり」や「つばさ」などの新幹線の運行区間と被らない特急は残存したのだが、新幹線と運転区間がもろに競合する「ひばり」は、新幹線の各駅停車タイプである「あおば」に役割を奪われ、15往復から一挙に8往復に半減となった。そして、東北新幹線の開業に遅れること約半年、昭和56年11月の上越新幹線大宮暫定開業により、東北新幹線の運行も本格化、これにより残存していた8往復も全廃された。「ひばり」は終焉のときを迎え、彼方へと飛び立ってしまった。また飛来することはあるのだろうか・・・。

※1…1972年のダイヤ改正より、昼行特急で規格ダイヤ(毎時同じ時間に発車するダイヤ)の特急が新たに区分されることになった列車種別。近年は、発足当初とは情勢が大幅に変わってきているため、2002年にはJR東日本がL特急の名称を廃止し、特急に統合した。東日本以外のJR各社でも新設特急にはL特急を冠しない列車が増える傾向にある。
※2…トレイン写真館「国鉄財政危機の落し子」の回を参照。
※3…現在、全て上野発着となっている東北・上越・常磐線の特急は、かつて東京駅に乗り入れていた時期がある。期間は比較的短く、昭和42年10月1日に開始され、昭和48年3月末には終了している。これは、翌々年に迫った山陽新幹線博多開業に備え、東京駅の東海道新幹線ホームを増面するために在来線ホームが一部取り壊されることになったためである。さらに後年、東北新幹線の東京延伸のために当該の土地を供出してしまったため、現在の秋葉原駅付近の電流線に面影を残すのみとなっている。なお、最近になって再延伸計画が持ち上がっており、 2005年1月に発表されたJR東日本の「中期経営構想ニューフロンティア2008‐新たな創造と発展」では、平成21年度の実現を目指すとしている。
※写真の車両は、一部撮影用に塗装しています。
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